拙著『英語屋さん ―ソニー創業者・井深大に仕えた四年半』『英語屋さんの虎ノ巻』(集英社新書)が電子書籍(e-book, electronic book)になった。今さら電子書籍化もないと思ったが、紙の本のままではいつ絶版になるかも知れず、まだいるかもしれない読者のためにも版元の提案を承諾した。『英語屋さんの虎ノ巻』では電子辞書に言及したが、近頃では電子出版(e-publishing)も当時とはかなり様変わりしているので、ここで簡単にまとめておきたい。
その本を上梓した当時は8cm CD-ROMに収録されたコンテンツを電子ブックプレーヤーという専用再生装置で読み出す製品があったが、2000年代に絶滅したらしい。その「電子ブック」(商標)は死語と化し、電子出版物は今では一般に「電子書籍」と呼ばれている。今日の電子書籍は、ダウンロード販売されたコンテンツを、パソコンやタブレット/スマホにインストールした販売元の専用アプリで読む方式が一般的だ。このほか「青空文庫」と称して、著作権の切れた古い作品の中には汎用アプリを使って無料で読めるものもある。
電子辞書(e-dictionary)については、携帯型の専用装置に複数の辞書を搭載して市販されているスタンドアローン(独立)型(standalone)製品が普及しており、狭義ではこれが電子辞書と呼ばれている。私はかねてからパソコンのハードディスク(HD)に格納して使えるCD-ROM版の辞書を愛用してきた(詳しくは『英語屋さんの虎ノ巻』125頁以降参照)。これなら翻訳作業に使うパソコン画面上で検索語をコピー&ペーストして使える上に、複数の辞書を同時に引ける串刺し検索などの高度な検索機能もあって便利だ。詳しくは知らないが、携帯型の電子辞書にも同様の機能があり、最近ではパソコンに接続して使える機種も出ている。
紙の本ほど出版や流通のコストがかからない電子書籍は、検索や参照のほか、表示される文字の拡大・縮小も容易にできて、利便性では断然優れている。
電子出版に問題があるとすれば、著者や編者が金銭的にますます報われなくなることだ。紙の本なら普通は千単位の発行部数に応じてまとまった印税が入るが、電子書籍の印税は販売実数を基準に支払われるようだ。私のような三文文士は、これだけではとうてい食えない。もっとも、ネットの世界には無料でも有益な情報が山とあるから、これも時代の流れと割り切るべきなのかもしれない。
(『財界』2016年4月19日号掲載)