Ridiculous ばかげた (連載第502回)

 ウクライナ侵略戦争が長期化の様相を呈するにつれて、戦地からはるか遠く離れたこの国では早くも緊張が薄れてきた感がある。彼の地では今も連日のように巡航ミサイル(cruise missile)による都市攻撃が続いているのに、主な戦線が東南部に移って被占領地域の状況があまり伝わってこないせいもあるようだ。

 ネットでは軍事専門家による正確な情勢分析も見かける一方、門外漢の突飛な(eccentric)空論やばかげた主張(ridiculous argument)も目に付く。臆病な私は絡まれたくないので具体例を挙げるのは避けるが、偽情報(disinformation)や陰謀論(conspiracy theory)の類を無責任に垂れ流す輩は後を絶たない。後者については侵略者による情報攪乱の可能性もあるが、発信源の多くはどこにもいる頭のおかしい(crazy, loopy)連中だろう。

 私自身を含む圧倒的多数の市民は赤の他人に向けて珍妙な持論を説いて回るような真似はしない。声なき大衆(silent majority)の多くはSNSなどの情報拡散手段から疎外されているわけではなく、そういった趣味が無いだけだ。もちろんその多くは惻隠の情を持った善良な人々(good Samaritan、「善きサマリア人」)であって、避難民の窮状を聞いては黙って募金に応じている。

 一方、戦禍に苦しむウクライナ国民は官民挙げて現地の悲惨な映像や悲痛な叫びをSNSで日々刻々と発信しており、見聞きするたびに胸が痛む。彼らの多くは英語に堪能だが、日本語を使えぬ若者が翻訳アプリを使って拙くても通じる日本語で投稿している。その奮励努力には頭が下がる。

 ゼレンスキー大統領は各国の政治指導者に向けて、手土産のスイーツは要らないから武器を供与してほしい、自撮りの記念写真(selfie)を撮るのが目的の来訪はお断りだとの痛切なメッセージを発していたが、至極もっともだ。しかるにこの国では、彼の国が感謝の意を表した国のリストに日本が無いなどと枝葉末節に拘泥する声が聞こえてきて呆れる。自ら支援に立ち上がる奇特な人々とは対照的に、横から口を出すだけで「やってる感」を演出したがる手合いは近頃多いが、緊迫した現下の情勢に相応しい言動かどうか少しは考えたほうがいい。

 かく申す自分も何の役にも立たないのを恥じ入りつつも、せめてこの話題を引き続き取り上げることによって戦争や侵略に反対する動きが滞らないように促したい。

(『財界』2022年6月8日号掲載)


※掲載日:2022年6月22日
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