Missing 行方不明 (連載第504回)

 ウクライナに軍事侵攻して返り討ちに遭った露軍兵の多くが戦死(killed in action, KIA)ではなく戦時行方不明(missing in action, MIA)の扱いになっているという。露海軍黒海艦隊旗艦のミサイル巡洋艦「モスクワ」がウクライナ軍のミサイル攻撃で炎上、沈没したことも公式には認めておらず、船と共に沈んだ水兵は事故死か行方不明だ。戦死扱いにすると政府から遺族に払われる補償金が高額になることが関係しているのではないかとの説もある。

 一方、露軍が占領した地域では民間人(civilian)に対する残虐行為が続々と発覚しており、ウクライナに囚われた露軍兵が戦争犯罪(war crime)に問われ裁判にかけられている。不名誉な戦争犯罪者になることはあっても名誉の戦死を遂げることすら許されない侵略軍の兵士は惨めで哀れだ。

 侵略戦争を企てる独裁者の手口は今も昔も変わらない。何らの敵対行為(hostilities)もしていない隣国の人々にテロリストとかネオナチとかの烙印を押し、その掃討作戦を口実に進軍して占領地域に傀儡政権(puppet government)を擁立する。歯向かう住民は拷問、殺害され、たとえ命だけは助かっても強制移住を強いられて終には見知らぬ土地や収容所で非業の死を遂げる。

 そう考えると、ウクライナが徹底抗戦を唱えるのは理の当然だ。露国の領土割譲(cession of territories)要求に応じれば交渉で返還される可能性は皆無に近い。そこで暮らしてきた無辜の民の生活の場は永久に奪われる。侵略者と戦わない限り国民の生命財産も生活も守れない。

 露国民にも気の毒なことだ。国の指導者が唐突に始めた軍事侵攻で祖国全体が侵略者の汚名にまみれる。暴政(tyranny)に抵抗する術を持たない非力な市民はひたすら沈黙して身を守るか国外に逃亡するしか生き延びる道はない。臆病な私は彼らを責める気にはなれない。

 先進諸国が少数民族の権利や文化を尊重する多様性のある社会を目指しているこのご時世に、彼の地では隣国に武力を行使して占領地の住民を同化または隷属させようとする蛮行が平然と行われている。あまつさえ農作物を収奪、その出荷を妨げ食糧危機を引き起こそうとしている。現代の大国の振る舞いとは思えないが、これは紛れもない現実だ。

 徴兵され最前線に送り込まれた息子の生死さえ分からないと嘆き悲しむ母親の映像を見て、また胸が痛んだ。

(『財界』2022年7月6日号掲載)


※掲載日:2022年7月27日
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